生きる技術なんて知らないけど
ヤンキーにあらずんば人にあらずというような田舎にうまれて、一番先生に見つかりやすそうな場所で煙草を吸うこととか、一番多く校舎の窓ガラスを割るとか、一番早く退学になったやつが偉いというルールの、そんな中で、太宰がどーのとかブローティガンがどーのとかいう話題をふれる友達なんてできるはずがないじゃないですか。
高校を卒業して地元を離れるまで、おすすめの小説を勧めあったり貸し借りしたり、感想を話したりそれに共感したり討論したりする関係性があるなんて思ってなくって、私にとって読書は延々孤独な作業で、その秘密は少しだけ心ときめく部分もあったけれど諸手を挙げては歓迎できない閉塞感が、やっぱりずっしりあったのです。
そのときはそれが普通で真理だったんだけど、上京して、普通に小説を読んでいる同年代の友人が初めて(はじめて!)できて、青春時代の自分はなんてなんて不幸だったんだろうとやっと気がつくことができました。
時は流れ、いまは仕事柄そんな話がいくらでもできる環境にいるわけだけど、「好きな作家は?」「どんな本読むの?」という何気ない話題に、人を見定めるような、好戦的な、つい構えてしまう感じもあるわけで。
その中で『カッコーの巣の上で』が好きです! とか『ケンタウロス』が好きです! なんてことを胸を張っては、いくら空気を読めない私でも言えなくて、そのたびケン・キージーやジョン・アップダイクに申し訳のない気持ちになるのです。
青春時代の私にはなんて贅沢な野郎だと言われるかもしれないけど、好きなことを話せない環境だから話さないのも、好きなことを話せる環境なのに話せないのも同じくらい不幸だぜ、と忠告したくなるのです。
『ライ麦畑でつかまえて』のホールデン・コールフィールド君が「いい小説は読み終わったあとに作者に電話をかけたくなるようなやつだ」というようなことを言って、それに村上春樹が賛同して、さらに私が「おやびんの言う通りでヤンス!」とほいほい乗っかるんだけど、付け足すとしたら例えば『カラマーゾフの兄弟』を読んだあと、ドストエフスキーに電話をかけようと思い立ったとき、電話番号知らねえとかロシア語分かんねえとか、つーか作者百年以上前に死んでるとかいう問題をさておいて、「本当はイヴァンが一番好きなんだけど、でも彼はあんまりクールだから私には意外とスメルジャコフがぴったりくるかもって思うんだよね! それから私、癲癇と白痴って言葉がもう美しいものとしか思えません!」なんていう馬鹿まるだしの私の話を聞いてくれるんじゃないかって、「ああ、そうなんだ。君はそう思ったんだねえ」って聞いてくれるんじゃないかって、あるわけないのに当たり前にそんな気がしてくるのがいい小説なんじゃないかと思うのです。
それってとっても素敵だけど、でもそれはなにも著者に限定した話じゃなくって、電話をかけたら「ああ、そうなんだ。君はそう思ったんだねえ」って少しも構えることなく何の衒いもなく話ができる相手がいれば、同じくらいの幸せ読後感なんじゃないかと、「生きる技術は名作に学べ」を読んで思いました。
著者の伊藤聡さんは「空中キャンプ」というナイスなブログ(http://d.hatena.ne.jp/zoot32/)を書いてる方で、彼が『車輪の下』『老人と海』『赤と黒』なんかの名作と言われる海外小説を丁寧に、親しげに語ります。
彼が素敵な本を読んで、この気持ちを今すぐ誰かに伝えなくっちゃと思って、それで私に「カミュの『異邦人』っていう小説を読んだんだけどね、いや、読んだことあるかもしれないけどとりあえず聞いてほしいんだ。なんてったってママンなんだぜ!」と電話をかけてきたような、そして彼の感想は、聞いた人が読んだことあってもなくてももう一度『異邦人』を手にとりたくなってしまうような、読み終えたら私も「この間読んだばっかりだろうけどとりあえず聞いてほしいんだ。『異邦人』がね!」と電話を返したくなるような、そういう相手がいてくれるんだっていう、青春時代の私の机にそっと置いておきたくなる本なのです。
特にアンネの日記と魔の山を解説したとこがすきです。もっかい読みたくなるなる! そして電話をかけたくなるわたし! それはアンネ・フランクでもトーマス・マンでもなく、伊藤聡さんに。
いや、もし彼の番号知ってたとこでぜんぜん面識ないのに「アンネむかつく」とかそんな用件でかけづらいけどさ、いざかけてみれば普通に感想を語り合えそうな気がするんだよ。ほんとだよ。
- 作者: 伊藤聡
- 出版社/メーカー: ソフトバンククリエイティブ
- 発売日: 2010/01/19
- メディア: 新書
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ちなみに発売記念イベントは岸本佐知子さんとのトークショーなんだって。
よりにもよって岸本さんかよ!
ぬぬぬぬぬぬ、行きたい行きたい!
けど、もう席埋まってるんだって。
そうだよねーそりゃそうだよねー。
はーん! はがゆい!