夜は短し歩けよ乙女

 森見登見彦の「四畳半神話体系」を読了した私は深夜4時という時間帯も憚らず、すぐさま童貞をくすぶらせている友人に電話をかけて「今すぐこの小説を読むんだ!!」と力説しました。それくらい良い童貞小説でした。
 その出来事からけっこう時間が空きまして、私のセカンド森見作品となる「夜は短し歩けよ乙女」を昨日読み終えました。

 それまで「夜は短し歩けよ乙女」に手をださなかったのは、私がどうにも信用ならないと思っている本屋大賞(確か2位)に選ばれていたこと、雑誌で読んだ森見さんのインタビューがキモかったことの、このふたつが理由です。


 森見さんのキモいインタビューについての詳細をお話しすると、まあ全体的な言い分はまったくキモくはないですし、普段は司書をされているという点も好感度が高かったのですが一点、森見さんは大学時代を振り返って「男同士でうにゃうにゃしてるのが一番楽しかった」と発言していたのです。


う、うにゃうにゃ!!


「うにゃうにゃ」なんてのは「ふぇ?」とか「うにゅ〜」とかと同じ、二次元女子にだけ許される奇声であるのに、よりにもよってチン毛ボーボーの大学生男子が寄り集まって「うにゃうにゃ」だなんて、正気の沙汰とは思えませんよね。
 雑誌を持つ手が震えました。


 しかも森見さんはインタビューの中で何度も「男同士でうにゃうにゃ」を連発。 太字で小見出しにされるほど、うにゃうにゃしていた自分をアピールしていたのでした。
 さて、「夜は短し歩けよ乙女」は「天然キャラ女子に萌える男子の純情!キュートで奇抜な恋愛小説in京都」らしいのです。うわっ、早速ヤバい雰囲気だぜこれ!

 そこに自称天狗の男性や偽電気ブラン、宴会場と銭湯と池に蛍まで完備した三階建て電車、達磨、まねき猫、韋駄天炬燵、パンツ番長もろもろが登場するファンタジーだったりするんだけど、まあそれも随分やすっちいファンタジーなんですけどもね、でもそれ以上にヒロインの天然キャラ女子が曲者なのです。


 私は常々、日本の小説に登場する女子がそろいもそろって「猫のような」がつく女であることに腹を立てております。
 彼女たちは基本的に色素が薄くてイメージ的に白いAラインのワンピース(綿か麻)を着用。きゃしゃな体型で、作者の好みによって「体型のわりに豊満な胸」というオプションがつくこともあります。あまり男性や俗世間的なことに興味はないけどなぜか主人公の男のことが好きだったりします。
というようなヒロインのことです。


 その胡散臭い「猫のような女」を猫ガール、猫ガールを恥ずかしげもなくヒロインにしてしまう作家を猫ガール作家として誠心誠意軽蔑しています。


 でもまさか四畳半神話体系を書いた人が猫ガール作家だったなんて!!


 普通の猫ガール小説の中では、猫ガールというものは神秘的だということになっています。
 なぜかというと、猫ガール作家には女性心理を描く力量がないからなのです。
 猫ガールの内面的な情報をあまり提示できないので、いやがおうにも神秘的な女になってしまうわけです。
 猫ガールの情報が少ないからこそ全国の精子くさい文学青年たちはそこに自分の理想の女像を当てはめることができ、猫ガールにうんざりしている人にとっては猫ガールのキモさが和ぐという効果が得られていたんですよね。
 猫ガールのはびこる日本の小説を私が見放さなかったのは、ひとえに猫ガールの生態が明らかになっていなかったからなのです。


 それをね、森見登見彦はね、猫ガールの内面を書いちゃったんですよね。
 でも猫ガールなんてのは現実には存在しないわけで、それを男が一所懸命想像して書くもんだから、歩くときの効果音がなんと「ぽてぽて」。
 唐突に「なにかオモチロイことが!?」やら「なむなむ!」などのどこの国の言葉やら分からない言葉を発したり、酔っ払いのおっさんの愚痴を「素晴らしい人生訓」と感動して聞いたり、それでもそのおっさんにむりやりキスされそうになったら「お友達パンチ」なるどうでもいい技を繰り出し、世界ボーッとする選手権があったら優勝するくらいボーッとしているらしく、春画に描かれた性器を「なにやらよく分からないけど怪獣のようなもの」とか言ったり、映研が作った主人公の鼻毛が長く伸びるという映画を見て「かわいそうに」と涙を滲ませるという、たいへんに脳がかわいそうなことになっている女性です。挙句低身長で黒髪。


 猫ガールって結局、アキバ系漫画のヒロインだったのか…
 そういうことやりたいんなら深夜アニメ枠でやってくれよ!!


 私はいくえみ凌やら谷川史子の描く少女漫画を読むと、胸にトキメキが溢れすぎて続きが読めず、とりあえずベッドに寝転がって手足をバタバタさせ、ある程度トキメキを発散させてから再度続きを読む、という休憩をはさんでいます。

「夜は短し〜」を読んでいたら胸に吐き気がこみあげてきて続きが読めず、とりあえずひっそりベッドに滑り込み、天井の隅を眺めながらなんとか平静をとりもどそうと努力を試みる、という休憩を取らざるを得ませんでした。ひどく虚しい気持ちになりました。


 巻末の解説をしているのが、「ハチミツとクローバー」の羽海野チカさんで、そういえば羽海野さんの描く女キャラもとかく猫ガール臭がすごいよなぁと思いました。
 うみのさんは女性なのにあんなに執拗に猫ガールを描いて、いったい何がしたいのだろうと疑問に思います。
 やはり、「夜は短し〜」に出てくる猫ガールを絶賛していました。
 うみのさんも学生時代はご友人同士でうにゃうにゃしていたのでしょうか。